大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所松本支部 昭和43年(ワ)187号 判決 1969年8月28日

原告

中沢徹夫

外四名

代理人

熊沢賢博

被告

千代田火災海上保険株式会社

代理人

宮原守男

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告らに対し、各金三〇〇、〇〇〇円および、これに対する昭和四三年一一月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに第一項につき仮執行宣言を求め、その請求原因ならびに被告主張に対する答弁として、

「一、訴外中沢長男は、昭和四二年四月二一日被告との間で、同人が所有し自己のため運行の用に供する軽四輪貨物自動車(六長き五二―二一号、以下本件自動車という)につき、保険期間を昭和四二年四月二一日から昭和四三年四月二一日までとする自動車損害賠償責任保険契約(死亡の場合の保険金額一、五〇〇、〇〇〇円、保険料年額三、八〇〇円)を締結した。

二、右中沢長男の妻亡中沢りんは、昭和四二年六月一六日午後二時三〇分頃、その二女大谷桃代が運転する本件自動車の助手席に同乗して長野県南安曇郡豊科町大字豊科一、七八五番地先道路を進行中、大谷桃代の運転上の過失により本件自動車が道路左側コンクリート橋に撃突した衝撃により顔面高度挫創傷、胸部高度挫傷等の傷害を受け、同日午後八時三〇分同町大字豊科五、六八五番地豊科赤十字病院において死亡した。

三、亡中沢りんは、夫長男が公衆浴場を経営しているのに自らは食堂を経営しており、本件自動車はもつぱら夫の側の営業目的に使用され、運行利益はもつぱら右長男が享受していた。また本件事故の際、亡中沢りんは運転者もしくは運転補助者でもなかつた(同人は運転免許がなく本件自動車をかつて運転したことはなかつた)。

したがつて、亡中沢りんは自動車損害賠償保障法第三条の「他人」であるから、本件自動車の保有者たる中沢長男は同条の規定により中沢りんの死亡による一切の損害を賠償すべき責任を有するものである。

なお、本項についての被告主張事実のうち、本件事故当日、亡中沢りんらが「丸屋家具店」のほか「笹井食糧品店」「井上百貨店」にも立寄り、亡中沢りんが島内まわりで帰ろうといつたので桃代がそのとおり運転し、その途中で本件事故を惹起したことは認めるが、本件自動車が亡中沢りんの家族共同生活の目的のため購入されたものであること、中沢長男の営業名義である「芳の湯」と亡中沢りんの営業名義である「文福」とが右両名の共同経営によるものであること、本件自動車が右共同経営のため使用されていたこと、亡中沢りんが本件自動車の運行につき長男と共同の支配および運行の利益を得ていたこと、被害者が同乗中の近親者である場合は、加害者に損害賠償請求権が発生しないとの点、本件のような家族構成員相互間の事故の場合、当事者間の損害賠償請求権が発生しないか、少くともその行使は自然債務ないし権利濫用として許されない、との点は争う。中沢長男は「文福」の経営には一切関与せず、亡中沢りんに一任していたもの、また亡中沢りんも「芳の湯」の経営については一切関与せず、中沢長男が単独で経営していたものであり、本件自動車は浴場経営の手伝いをしていた原告和正が運転免許を取得し、友人との交際上自動車を欲しがるので、中沢長男が昭和四二年四月二一日代金三五五、〇〇〇円で購入し、原告和正に運転させていたもので、亡中沢りんの営業のため使用させたことは全くなかつたのである。そして、事故当日亡中沢りんは原告光延が理髪店を開業するにつき必要とする家具を同人が購入するのに付添に一緒に見立てをしようということになり、たまたま原告和正が旅行不在中であつたので、光延が近くに住む姉大谷桃代に本件自動車の運転を依頼し、これに光延と同乗したものである。自動車損害賠償保障法の適用につき親子、夫婦間のような生活共同体の構成員相互間の事故を全くの他人間の事故と区別して取扱う規定はないし、またこれを等しく取扱うことが不都合であるとする根拠もない。また立法論としてはともかく、好意同乗者たる故をもつて損害賠償のらち外であるとすることは現状にそわない解釈である。

四、原告中沢徹夫は亡中沢りんの長男、原告佐藤潤子は同じく二女、原告中沢弘は同じく二男、原告中沢光延は同じく三男、原告中沢和正は同じく四男で、いずれも本件事故による母親の突然の死に深い悲しみを味わつたが、これを慰藉するには各自金三〇〇、〇〇〇円の支払いを受けるのを相当とする。

なお、本項に関する被告主張のうち、本件事故の原因が桃代の居眠り運転によるものであること、亡中沢りんが助手席に同乗していたことは認めるが、その他の主張は争う。亡中沢りんは運転経験もなく助手席にいたとはいえ、事故前桃代が居眠り運転をするであろうことを予想することもできなかつたから、亡中沢りんには何らの過失もなかつたというほかはない。

五、よつて、原告らは自動車損害賠償保障法第一六条第一項の規定により、被告に対し保険金額の限度である各自金三〇〇、〇〇〇円と、これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四三年一一月一三日から完済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

と述べ、立証として<略>

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁ならびに抗弁として、

「一、原告主張第一項記載事実は認める。

二、同第二項記載事実は認める。

三、同第三項記載事実中、亡中沢りんが自ら食堂を経営していたことは認めるが、その他の点は争う。

本件自動車は、いわゆるファミリー・カーとして家族共同生活の目的のため購入され、その所有名義は亡中沢りんの夫である中沢長男名義となつているけれども、中沢長男は浴場「芳の湯」の営業名義人、亡中沢りんは飲食店「文福」の営業名義人として、右両店の経理も一切共通しており、亡中沢りんと中沢長男とで実質上の共同経営をし、本件自動車も右共同経営のため従来使用されて来たものである。本件事故当日も、亡中沢りんは家族のための買物のため松本市村井「丸屋家具店」で家具を購入し、その帰途松本市内の「笹井食糧品店」と「井上百貨店」でそれぞれ買物をして同女が島内まわりで帰ろうと指示したので、その指示によつて長女桃代が本件自動車を運転中、本件事故を起したものである。したがつて、亡中沢りんは本件自動車の当該運行について夫たる長男と共同の支配および運行上の利益を有していたものであるから、本件自動車の「共同運行供用者」というべきであり、自動車損害賠償保障法第三条の「他人」に該当しないから、同条に基づく損害賠償請求権は発生しない。

また、亡中沢りんは加害者桃代の母親であり、いわゆる好意同乗者の極限にある者であるから、民法第五五一条の類推適用により、子供である桃代に故意または故意に準ずる重過失がない場合には、損害賠償請求権が発生しないと解すべきである。外国の立法例でも、好意同乗者とくに親族間の場合に免責を認めている(ドイツ一九五二年一二月一九日道路交通法第八条a一項、自動車保険普通約款一一条四項、一九五九年四月二九日調印、義務的自動車損害賠償責任保険に関するヨーロッパ条約、付則四条、フランス一九五八年二月二七日義務的自動車責任法を修正する一九五九年一月七日の命令八条一号D、スイス一九五八年一二月一九日連邦道路交通法六三条三項六号、アメリカ好意同乗者法)。

さらに、本件事故は被害者が母親であり加害者が子供である家族共同体の構成員間の事故であり、原告らはその父親である中沢長男に対して慰藉料請求権を有しないか、少くともこれを行使することは自然債務ないし権利濫用として許されないものというべきである。

四、原告主張第四項記載事実中、身分関係に関する点は認めるが、その他は争う。

前述のように亡中沢りんは好意同乗者の極限にある者であり、好意同乗自体慰藉料を軽減すべき斟酌事由となるものであり、本件のように被害者が母親、加害者がその娘である場合には通常の好意同乗の場合以上に慰藉料減額の斟酌事由となるものであるから、原告主張の慰藉料額は大幅に減額さるべきものである。

また、本件事故の原因は運転者たる桃代の居眠り運転によるものであり、しかも亡中沢りんは助手席に同乗していたものであるから、亡中沢りんにも重大な過失があつたものというべきであり、右過失は慰藉料額の算定にあたり大幅に斟酌せられるべきである。

五、第五項記載の主張は争う。自動車損害賠償保障法第一六条第一項に基づく被害者請求権は、保険金の請求権ではなく保有者に対する損害賠償請求権を保険会社に直接行使することを認めた特別規定であり、前記のように原告らが保有者中沢長男に対して慰藉料請求権を有しないか、またはこれを行使することが許されないものとすると、原告らの被告に対する本訴請求も失当といわなければならない。かりに右主張が理由がないとしても、前述の理由によりその慰藉料額は大幅に減額さるべきものである。」

と述べ、立証として<略>

理由

原告主張第一、二項記載事実は当事者間に争いがない。

ところで、本件は自動車損害賠償保障法第一六条第一項に基づく請求であるから同法第三条の規定による保有者、すなわち自動車の所有者、その他自動車を使用する権利を有する者で自己のために自動車を運行の用に供する者(同法第二条第三項)の損害賠償責任が発生したことを必要とするところ、原告らは亡中沢りんが本件自動車の保有者ではなく右第三条所定の「他人」であるから保有者である中沢長男に損害賠償責任が発生すると主張し、被告は亡中沢りんは中沢長男とともに本件自動車の保有者であつて右第三条所定の「他人」ではないから右損害賠償責任が発生しないと主張するので、この点について判断する。

<証拠>を総合すると中沢長男および亡中沢りんは昭和一五年頃結婚した夫婦であつて、中沢長男は公衆浴場「芳の湯」の、亡中沢りんは飲食店「文福」のそれぞれ営業名義人となり、共同して右「芳の湯」および「文福」を経営し、その営業収益をあわせて、これによつて右同人らおよびその家族の生計を維持しているものであるが、本件自動車は昭和四二年四月頃三菱コルト自動車販売株式会社からその四男原告和正の希望により右和正ら家族を含む中沢長男および亡中沢りんの共同生活の利便に供するため、右両名の前記共同収益の中からその代金を支出してこれを購入したものであること、そして購入後本件自動車は主として原告和正が運転使用していたが、中沢長男、亡中沢りんら家族共同の利便のためにも使用され、車の経費も前記共同収益の中から支出されていたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、本件自動車は中沢長男の単独所有名義となつているとしても、それは中沢長男および亡中沢りんの共有に属し、その運行支配・運行利益は右両名に帰属し、家族を含む右両名の共同生活のため運行の用に供せられていたものというべきである。そして、本件事故当日における本件自動車の具体的運行について右両名の本件自動車に対する運行支配・運行利益の帰属を否定すべき特別の事情について格別の主張・立証はないから、本件自動車の事故当日における運行について、亡中沢りんは保有者ないし運行供用者であり、自動車損害賠償保障法第三条所定の「他人」ということはできない。

そうすると、本件については自動車損害賠償保障法第三条による損害賠償責任が発生する余地はなく、右損害賠償責任が発生したことを前提とする原告らの本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく全部失当として棄却を免れない。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。(篠原幾馬)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例